Clinical Psychoinformatics Laboratory
-- Clinical Application of Technology and Psychology (CAT Lab)
Graduate School of Technology, Industrial and Social Sciences, Tokushima University
本研究成果は,以下の論文にまとめられて,2023年2月22日に国際学術雑誌『International Journal of Environmental Research and Public Health』にて公刊されました。
Nagisa Sugaya, Tetsuya Yamamoto, Naho Suzuki, Chigusa Uchiumi
International Journal of Environmental Research and Public Health 2023, 20(5), 3871
DOI: 10.3390/ijerph20053871
主な結果
本研究では、COVID-19による最初の緊急事態宣言から約1年後の2021年6月15~20日(Phase1)、そこから約1年後の2022年5月13~30日(Phase2)の2つの期間中に調査を行い、長期化するパンデミック下での飲酒行動の変化および関連する心理社会的要因について検討を行いました。この調査では「AUDIT(Alcohol Use Disorders Identification Test)」という飲酒関連の問題をスクリーニングするために世界的に用いられている調査票を採用しています。AUDITでは過去1年間の飲酒状況を元に「危険な飲酒(8~14点)」と「アルコール依存症の疑い(15点以上)」を判定するため、上記調査時期が最適であったといえます。本研究では、両方の時期にご協力いただいた9614名(うち女性は46%、平均年齢50.0 ± 13.1歳)のデータを解析しました。主な結果の概要は次の通りです。
・パンデミック以前のデータと比較すると、飲酒関連問題を呈する割合は、特に女性で高くなっていた。また、50~64歳の年齢層や労働者、比較的高所得の層、既婚者や子どものいる人で危険な飲酒やアルコール依存症疑いの割合が、いずれの時期でも顕著に高かった。
・Phase1で飲酒の問題がなかった人のうち、Phase2でアルコール依存症疑いとなったグループは、各時期で深刻な心理的苦痛を示し、また2つの時期の間で心理的苦痛が有意に増大した。また、Phase1および2ともにアルコール依存症疑いの状態を維持している人は2つの時期の間に心理的苦痛が上昇した。
・Phase1で飲酒関連の問題がなかった人において、Phase2でアルコール依存症疑いと判定されたグループは、いずれの時期でも他のグループよりも仕事や学業に対する困難が深刻であり、2つの時期の間にそれが悪化した。
・日本における長期化したCOVID-19パンデミック下において、心理的苦痛や不安などの精神的問題、仕事(または学業)や経済的困難の増大が、1年後の飲酒問題と関連していた。
・一方、今回のデータのみでは解釈の難しい結果もあり、今後詳細に調査すべき課題も残った。
具体的な結果と解釈については以下に示します。
【人口統計学的特徴による飲酒関連問題を示す割合の比較】
・「危険な飲酒」および「アルコール依存症疑い」に判定された割合はPhase1でそれぞれ10.9%(男性14.8%、女性6.4%)と7.1%(男性9.8%、女性4.0%)、Phase2でそれぞれ11.8%(男性16.3%、女性6.4%)と7.3%(男性10.0%、女性4.1%)と、二つの時期で大きな違いはなかった。一方でこれらの飲酒関連問題を呈するグループでは2つの時期の間で飲酒問題のレベルの個人内変動が観察されており、この変動の寄与因子を探ることは有用であると考えられた。
・パンデミック以前のデータ(Kinjo et al, 2018)と比較すると、飲酒関連問題を呈する割合は、特に女性で高くなっていた。50~64歳の年齢層や労働者、比較的高所得の層、既婚者や子どものいる人で危険な飲酒やアルコール依存症疑いの割合が、いずれの時期でも顕著に高かった。これらの結果は、パンデミック下において、経済的な安定や孤立しづらい環境が必ずしも飲酒関連問題の防御因子とならない可能性を示している。
【飲酒関連問題の変化パターンによる心理社会的問題の比較】
・Phase1で飲酒の問題がなかった人のうち、Phase2でアルコール依存症疑いとなったグループは、各時期で深刻な心理的苦痛を示し、また2つの時期の間で心理的苦痛が有意に増大した。したがって、Phase1で飲酒の問題がなかった人でも、何らかの理由で精神的に脆弱となり、深刻なアルコール関連問題を発症していた可能性がある。
・Phase1で危険な飲酒と判定された人のうち、Phase2で回復して飲酒問題がなくなったグループは、心理的苦痛が有意に減少し、さらに、2つの時期を通じて危険な飲酒を維持したグループは、改善もしくは悪化したグループよりも心理的苦痛が低かった。Phase2で依存症疑いとなった人については、二つの時期で高い心理的苦痛を感じていた。危険な飲酒を維持しながら心理的苦痛の低いグループは、健康行動変容のトランスセオレティカルモデルに基づくと、ストレスとは無関係な娯楽のための飲酒をしている可能性がある。したがって、このような人は、Phase1と2の間のリスクを認識していながらも、まだ飲酒量が減っていないときに生じる前思考期、熟考期、準備期にある可能性が考えられる。また、このような顕著な心理的変化を示さない個人に対しては、介入が必要な場合もあるだろう。
・Phase1でアルコール依存症疑いと判定された人のうち、Phase2で飲酒問題なしとなったグループはPhase1で他のグループと比較して最も高い心理的苦痛を示した。また、アルコール依存症疑いの状態を維持している人は2つの時期の間に心理的苦痛が上昇した。前者については、一時的に高いストレスにさらされ、飲酒量が依存症レベルに達し、その後、ストレスの減少に伴い回復した可能性がある。後者については心理的苦痛の悪化が、アルコール依存症の維持に寄与した可能性がある。
・「身近な人とのオフラインでの交流」については、全体的に2つの時期の間で増加する傾向にあったが、飲酒関連の問題が悪化した、あるいは問題が残ったグループにおいては、特に顕著であった。しかしながら、こうした友人や家族との関係性や交流の質は、今回のデータからは把握できないため、この結果の解釈は難しく、今後の検討が必須である。
・「仕事や学業の困難」については、Phase1で飲酒関連の問題がなかった人において、Phase2でアルコール依存症疑いと判定されたグループは、いずれの時期でも他のグループよりも仕事や学業に対する困難が深刻であり、2つの時期の間にそれが悪化した。アルコール関連問題がないにもかかわらず、パンデミック時に仕事や学業が困難になったことに伴う心理的苦痛が、アルコール依存症を発症させる一因となった可能性がある。したがって、これらの結果は、パンデミック下での早期の対策の必要性を示している。
【1年後の飲酒関連問題の予測因子】
・1年後(Phase2)の危険な飲酒の(Phase1における)予測因子は、男性であること、未婚、世帯収入の増加、高年齢、社会的ネットワークの拡大、COVID-19予防行動の減少であった。1年後のアルコール依存症疑いの予測因子は男性であること、重度の不安、社会ネットワークの拡大、運動の増加、経済状態の悪化、生活必需品の不足による困難、不健康な食習慣、COVID-19予防行動の減少であった。Phase1では緊急事態宣言下であったため、その頃の不安の強さ、生活環境や習慣の悪化、経済状態の低下、生活必需品の不足、食生活の乱れなどが、重度の飲酒関連問題(対処行動としての習慣的飲酒)の長期化を引き起こした可能性が考えられる。
・上述の通り、社会的ネットワークが大きいことが、1年後の危険なアルコール使用と潜在的なアルコール依存症の両方の予測因子となった。しかし、孤独感は有意な予測因子ではなかったことから、社会的ネットワークの質が低ければ、単に社会的ネットワークの大きさだけではストレスを防ぐことはできないことが示された。また、社会的ネットワークの多様性も飲酒関連問題に寄与するため、社会的孤立と飲酒関連問題の関係は単純な線形の関連ではない複雑なものである可能性がある。
・COVID-19予防行動の少なさが危険な飲酒とアルコール依存症疑いの両方の予測因子であるという結果については、緊急時に予防行動が必要となるような外出の機会が減ることで、自宅での飲酒が増えた可能性があるため、COVID-19に対する予防行動の少なさと関連する他の要因についても検討する必要がある。
・健康増進につながるはずの運動量の増加が、1年後のアルコール依存症疑いに寄与するという結果は、解釈が難しい。したがって、運動と関連する様々な要因(例えば、運動後に仲間との飲酒が増えるなど)を検討する必要がある。
以上の通り、日本における長期化したCOVID-19パンデミック下において、心理的苦痛や不安などの精神的問題、仕事(または学業)や経済的困難の増大が、1年後の飲酒問題と関連していました。一方、今回のデータのみでは解釈の難しい結果もあり、今後詳細に調査すべき課題も残りました。いずれにしましても、この1年間の縦断的研究は、今後起こりうるパンデミック下の飲酒関連問題に対する早期予防とフォローアップに貢献することが期待できます。
(文責:菅谷渚)